2009年03月12日
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面白ショートショート『南原コレクション』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 南原君は、コレクターだった。

 様々なものを収集し、広大さしか取り柄のない田舎の自宅に並べては悦に入っていた。

 しかし、ただのコレクターではない。南原君は天然系のコレクターだった。

 つまり、意識的に価値のあるものを集めているわけではなく、何となく成り行きで手に入れたものが、実は価値ある品ばかりというのだ。

 南原君と小学校以来の有人である僕は、最初そのことに気付かなかった。中途半端ながらくた収集壁があるとしか思っていなかった。

 たとえば、スナック菓子のオマケのカードを全て揃えるようなコレクションは行わない。南原君は、たまたま買った菓子の袋に入っていたカードだけをコレクションするのである。

 あるいは、彼が壁に飾っている水墨画は、骨董屋の掃除を手伝った時に、間違って掴まされた贋作だからと言って捨てられそうになったのを貰ってきたものだ。

 彼が集めたコレクションはそのようなものばかりだった。

 しかし、ある日僕は気付いてしまったのだ。南原君のコレクションには価値あるものが含まれていると。

 スナック菓子のカードコレクションは、多くの子供達が試みていたが、なかなか完遂はできなかった。というのは、滅多に出ないレアカードがあるからだ。特に僕らが欲しかったのは、ヒロインのシャワーシーンのカードだった。といっても、子供向けアニメのワンカットだから、大人から見ればエロのうちにも入らない。だが、子供にとっては大問題だったのだ。

 そして、南原君が持っていた僅か3枚のカードのうちの1枚は、それだった。残りの2枚も、かなりレア度の高いカードだった。

 だが、南原コレクションの真の価値に気付くのは大人になってからだった。

 僕は出版社に入社して美術関係の書籍を扱うようになった。その関係で、若手の美術商などと知り合いになった。たまたま酒の席で南原君の話になり、成り行きで美術商を南原君の家に連れて行くことになったのだ。

 そこで、美術商は例の水墨画を見て目を丸くした。

 「幻の真作だ!」

 美術商は酔いを吹っ飛ばして興奮して踊りまくった。

 詳しい話を聞いてみると、どうも問題の画家が作風を変える前の作品であり、数が少ないため存在が知られておらず、贋作扱いされることも多いという。

 更に、美術商は他のコレクションを見て驚喜した。あの壺も、あの油彩画も、更には粗大ゴミ置き場で拾ってきたというタンスさえも価値あるアンティーク家具だという。

 僕は驚いて、各界の鑑定士を呼んで、南原君の雑多なコレクションの鑑定を依頼した。その結果、いずれも予想以上に価値ある品だと分かった。

 南原君は、まるで磁力でもあるかのように、価値あるものを引き付けていたのだ。

 しかし、南原君は自分のコレクションを手放すことを頑として拒んだ。

 その結果、各界の著名人やコレクターは、この素晴らしくも珍しい品々を見るために南原君の家に通うようになった。

 ただ広いだけが取り柄の南原君の家は、そうやって集まってくる人々の交流の場として有効に活用された。

 そして、南原君の人脈は太く豊かに成長した。僕が雲の上を仰ぎ見るような人々と、南原君は親しい友達として付き合っていたのだ。

 ある日、僕は出版社の取材という仕事で南原君にインタビューすることになった。インタビューのあと、僕は個人的に南原君に質問してみた。

 「あらためて聞くけど。君にとって最大の価値あるコレクションってどれだい?」

 「君ならどれだと思う?」

 「子供の頃はシャワーシーンのカードだと思っていたがな。やはりあの水墨画かな? いや、値段から行けば壺の方が上かな?」

 「全て外れだよ。だって、どれもたまたま偶然手に入っただけで、お気に入りだけど特別じゃないよ」

 「うーん、そうか。特別のコレクションか。しかし、どれも偶然に手に入れたようなものだしな」

 「ヒントをあげよう。意識的に集めたコレクションが1つだけあるんだ。それが何か分かるかい?」

 「降参だ。分からないよ」

 「答は、コレクションを見に来る訪問客さ」

 「え!?」

 「広大さしか取り柄のない田舎の家に足りないのは、わざわざ繰返し来てくれる訪問客だ。そして、君が僕の訪問客コレクション第1号だったのさ」

(遠野秋彦・作 ©2009 TOHNO, Akihiko)

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